KURAU Phantom Memory 第24話 最終回

 大団円、ということでよろしいのでしょうか。リナクスクラウが何故この世界へ出てきたのか、何故、クラウは対にクリスマスと名付けたのか。このふたつの疑問の解答が出ていたのですっきり。どちらもキーワードは「母」だったわけだ。翻って、リナクスにとって対が母的な存在だと位置付けたら大体の説明はつくのかな。いや、母というより「母体」というか。母体を失ったリナクスは帰る場所を失い、やがて力尽きてしまう。とか。クラウからクリスマスが、クリスマスからクラウが生まれるのに10年の時間を要した点も気になるところ。10年という年月はリナサピアンが「母」として熟成するために必要な期間なのかも知れません。その間、対は時空の彷徨い子。広い世界へ出たいよーとあっちゃこっちゃを彷徨い、母がその資格を手に入れるまでじっと待ち続ける。とか妄想してみました。あと、広い世界に出たがっているリナクスをどう制すればいいのか、これに対しても解決がなされていまいした。クラウがリナクスを率い、新たなる「広い世界」を探す旅に出る。なるほどこの手があったのかと。

リナクスとは何だったのか -君がいないと生きられない-

 粒子。なんかとてもすごいエネルギー体。自我を持ち合わせていて、世界と世界を繋ぐようわからん空間に生息している。対なしには生きられない。このくらいの認識で充分なのだろう。前もちらっと書いたけど、君がいないと生きられないみたいなことを体現する存在としてリナクスの設定は作られたんじゃないだろうか。ちょっと気持ちの悪い事も考えたけど控えめに。最も近き者が唯一無二のパートナーであるということ。その存在は絶対であること。この二点がリナクスの最大の特徴であって、ヒトとリナサピアンを隔てる点なのであろうなあと。くしくも、テッドが漏らしていたように、もしくは人間クラウが長い間クリスマスと距離を置いたのは、ヒトではリナクスの対の代わりにはなれないことを示しているんだろうと思う。

その他、気になったところなど

GPOはリナクスが起こした一連の大殺戮をどう誤魔化して市民に伝えているんだろう。もしリナサピエンの仕業だとばれちゃったらクリスマス大変な目に遭うぞ。これはもっとどうでもいいことだけど、天箕博士が空中を走る車から飛び降りて華麗に着地したのは結構驚いた。片腕なくてバランス取るの大変だろうに。また、人間クラウとアヤカの旦那って誰なんだと妄想を逞しくする向きもあるようですが、10年もありゃあ新たな出会いがあってもおかしくないところで、主要人物が両手で収まるような中からそれぞれ選ばれてもそれはそれでどうよと思う次第であって、私はあまり気になりません。ただ、アヤカは察するにいい歳の取り具合をしているんじゃないかと。おばさんなんだけど、妙にかわいかった。かわいいおばあちゃんになりそう。あとさ、悪い科学者いたじゃないですか。あの人どうなったんだっけ?

全体として

 人ならざる生命体の恋愛(というか偏愛?)叙事詩、もしくは恋愛と死を天秤で測れる生命体そのものを描きたかったのだとしたら成功しているかと思います。*1ボンズの圧倒的ビジュアル・演出が脚本を支えており、だらーと見ているだけでも実に楽しいアニメでもありました。アヤカ邸襲撃のくだりはゾクっとしたなあ。音楽も良かったー。軽妙なサウンドが、ありがちなSF世界に墜することなく、クラウ独自の世界観を構築する支えになっていました。中だるみもあったけど、半年間楽しかったです。

*1:恋愛と書くと上の「母」の項目がさらにキモくなってしまいますが、究極の恋愛ってそういうもんじゃないのかな、ということまで描きたかったのかな