借りぐらしのアリエッティ感想 ―命と種と少年の想像力―

 借りぐらしのアリエッティを見てきました。
 これは事前に想像してたものとちょっと違う映画でした。
 以下、ネタバレを含むため続きを読むで。




 物語の冒頭、アリエッティとお父さんの探検のくだり。あそこはかなりワクワクしました。
 ここまでは想像通りで、屋根裏や隠し部屋、床下などで大冒険が繰り広げられるんだと思ってましたから。
 事実、テープを靴に貼ってフリークライミングをしたり、釘の足場を渡ったり、とにかく「小人視点」の世界の描き方がとにかく素晴らしい。
 自然音や古時計の鳴り響き方など、勝手知ったる世界が全く別の異世界のように映る、あの奇妙な体験はとてつもなく心を揺さぶられました。
 ところが。
 病弱の少年・翔とアリエッティの初対面はかなり後味の悪いもので始まり、彼と彼女の溝は最後まで埋まることはありませんでした。
 翔の身勝手な施しは、想いとはうらはらに彼等を追い詰める結果となり、さらには「君たちは滅び行く運命だ」なんていう、上から目線の発言で、アリエッティを怒らせてしまいます。そのシニカルな視線は自分の命の儚さと、そこから生まれるアリエッティへの同情で出来ています。自分と彼女は同じ境遇の行き詰まった存在。そんな思い違い。
 アリエッティは前を見ている。滅びに抗い、少年を否定する。
 体のサイズも死生観や文化まで、あらゆる点で異なる二人がなんとか絆らしきものを一瞬でも結べたのは、「翔が心臓の病に犯されている」という設定と、お手伝いさんの見事なまでの悪役ぶりのおかげのように映ってしまいました。
 アリエッティにとって翔は憎悪すべき対象であり、それでいながら母の命の恩人でもある。翔自身はただ幼いだけで、彼が本当のところは心優しい少年であることをアリエッティは気付いている。
 そのないまぜの想いを抱えながら、それでも翔の無事を祈るアリエッティは、作品中の登場人物で唯一成長の描かれたキャラであったと言えます。
 もし出会い方が違っていれば。もしくは同じ種族であったなら。彼と彼女はかけがえのない絆を結べたのかもしれません。
 しかしそんなたらればの話は何の意味もなく、彼女とその家族を追いやったのは結局のところ、翔にあるわけで。
 翔という少年の想像力の欠如が生んだ、小さな出会いと離別の物語。
 しかしそれは悪いことばかりでもなく、彼の体験した苦くも希望に繋がる短い邂逅は、彼ののちの人生にとって、貴重な糧になることでしょう。しかしそれはおそらくずっと先の話。
 思えば、ジブリの前作「崖の上のポニョ」もやはり異文化交流の話で、さらに遡れば「もののけ姫」のアシタカとサンも、異なる文化の狭間で迷い苦しみ、結果、それぞれの道へ戻って行きました。
 その延長線上の、ジブリ新作「借りぐらしのアリエッティ」。
 彼と彼女の人生が交差したのはほんの一瞬。その一瞬が糧となって、もしくはある時には毒となって、ふたりの人生をさらにかけがえのないものにすることでしょう。
 たとえ二度と交わらずとも、想いが通じ合わずとも、出会いには確かに意味があった。少年の手に残ったクリップがそのちいさな証となる。そんな短い夏のおはなし。
 苦味の混じった、しかし澄んだスープのような温かみを感じる映画でした。「いつものジブリ」を少しはみ出した、記念碑的な映画になるんじゃないでしょうか。
 胸がギュっとなる、とても静かな映画でしたね。