河内先輩=べあ☆なっくる説を勝手に打ち立てて勝手に打ち落とす

氷菓面白いねー。特にナコルルなのに浅野真澄さんの声で踏ん反りがえってる河内先輩がすてきですね。なので、ちょっと彼女について思った事を書いてみたいと思います。


※じゅじゅるは原作「クドリャフカの順番」を読んでいません。なので、既読者のみなさまはこのとんちき記事を生暖かい目であざ笑ってやってください。


河内先輩のコスはなぜ格ゲー縛りなのだろうか。それは、過去に漫研で作成された(と思われる)同人誌「ボディートーク」からヒントが読み取れる。

摩耶花が「『 夕べには骸に』には一枚劣る」としながらも一定の面白さを認めていた「ボディートーク」。この同人誌を発行したサークルの名前が(裏表紙を見る限りは)「格ゲー普及委員会」だ。
その下に書かれている「べあ☆なっくる」は同誌の著者名と思われる。「格ゲー普及委員会」のメンバーが格闘ゲームのコスプレをする事自体は自然な流れだろう。そして、漫研で格ゲーコスをしている人間は河内先輩ただひとり。*1
つまり、河内先輩がべあ☆なっくるだからこそコスプレをし、コスプレをするからこそべあ☆なっくるなのだ。
河内先輩の年代からしてみたら格闘ゲームの流行は過去の話であり、彼女らの年代からの普及、と言うのはどうもしっくりこない。このサークル名とペンネームは漫研(の一部部員)が代々受け継いできた由緒ある名前なのかもしれない。
しかし、それらはすでに形骸化し、漫研は「夕べには骸に」に代表されるオリジナル創作活動にシフトしていった、と見るべきなのかも。*2
その一方で、二次創作サークルで無くなっても格ゲーコスを貫き、「格ゲー推進委員会」の一員であろうとする河内先輩には、ある意味の義理堅さを感じなくもない。本当に格ゲー普及を掲げるなら後輩にも格ゲーコスをさせるだろうし、しかしそうしなかったのは義理堅さ故か、ただ格ゲーが純粋に好きなのか。


ここまで、同人誌の奥付から「河内先輩=べあ☆なっくる氏説」を推してきた。ほとんど妄想であるなこれ。
が、「夕べには骸に」には河内先輩が何らかの形で関わっていた事、「夕べには骸に」の作者のひとりはすでに転校してしまっている事、そして「夕べには骸に」と「ボディートーク」ではあまりに作風が変わりすぎている事。この三つは無関係ではないだろう。
彼女が「べあ☆なっくる」氏かそうでないかで、「漫画の面白さ自体はみんな一緒」とする、河内先輩の真意も見えてくるのかもしれない。

なんか「ぼくのかんがえた河内先輩」になっちゃったけど、ここは元々そういうブログです。


※ゲスの勘ぐりコーナー
・文化祭2日目の朝、河内先輩に「夕べには骸に」が無かったと謝罪するシーン。河内先輩の周りにはボーカロイド軍団が。対立する女子ふたりを囲むように女子部員、さらに外側には、数少ない男子部員が。漫研の力関係が一瞬で分かる残酷なショットであった。
漫研には二種類の人間がいる。コスプレしている人間とそうでない人間。コスプレしている人間には二種類いる。ボーカロイドかそうでないか。
ボーカロイド軍団は恐らく「合わせ」*3をやっているものと思われるが、河内先輩と摩耶花はそれに加わっていない。彼女らは彼女らの縛りでコスプレを楽しんでいる。
河内先輩は初日ナコルル、二日目キングと、「SNK格闘ゲームヒロイン縛り」を行っている。摩耶花は「不朽の名作少女漫画」という縛り*4。ふたりの共通点は「同好の士と好きを共有する為のコスプレ」というよりは「自分の好みをアピールする為のコスプレ」に近い。そのふたりが漫研から浮いて対立するのはある意味なるべくしてなったと言えなくもない。
コスプレとはこうあるべきと言う話ではなく、コスチュームの選択を通じて漫研の人間関係を描くところに面白みが出ていた。

*1:ひとつ奇妙なのがこの著者名。元ネタは1991年にセガから発売された横スクロール格闘アクションゲーム(もしくはベルトスクロールアクションゲーム)の代表作のひとつ、「ベアナックル」のことと思われる。同ジャンルの人気絶頂期に発売されたタイトルであるが、同年に「ストリートファイターII」に代表される新ジャンル「格闘ゲーム」が台頭することにより格闘アクションのジャンル人気は徐々に翳りを増していく。「べあ☆なっくる」氏が、格闘ゲームの名作「龍虎の拳(92年稼働)」のキング、「サムライスピリッツ(93年稼働)」のナコルルのコスプレをし、格闘アクションを葬った新興ジャンルの「普及」に邁進する、と言うのは何とも皮肉な話ではないか

*2:そして、「夕べには骸に」には一枚劣る「ボディートーク」を経て、漫画同人誌ではなくレビュー本を発行するに至った、とか

*3:コスプレ用語で、同じ作品同士だったり、何らかの条件下で複数人がコスプレを揃える事

*4:合ってる?