少女の背が物語る一瞬と永遠

最近ちょっと、アニメを見ていて目を奪われるカットがいくつかありまして。
それは女の子の後ろ姿。
視聴者に背を向けた彼女たちは何を想い、語るのか。
四作品から引用し、自分なりに感じたことを書いてみました。




「探偵歌劇 ミルキィホームズTD」のエンディングのラストカットです。
このカットってどういうシーンなのでしょう。
「エレメントを失う前の、歌手として輝いていた頃の茉莉音」なのか「エレメントを取り戻した未来の茉莉音」なのか。
このエンディングは茉莉音の過去回想の形をとっているので前者にも見えますが、これ私は後者だと思うんですよ。
ラストカットの前、ミルキィホームズが茉莉音の背中を押しているシーンが挿入されています。
つまり、彼女たちの助力でエレメントを取り戻したあとを描いているのではないか、と。
ミルキィホームズは序盤のアバンや劇中で「歌わないの?」というようなフリを受けて「私達は探偵です!」と繰り返し主張してきました。歌がテーマの話でずっと探偵をやってきた。
エレメントを取り戻した、という事は事件が解決したということ。事件が解決したら探偵のミルキィホームズと依頼主の茉莉音の関係はどうなる……?
そんなことを考えると、この後ろ姿は力強くありながら切なさも内包しているように感じます。



回想に入る前のこのカットもいいですね。雨を見て、雨の日の思い出に移行する。
手先の色気にも注目したいです。




アブソリュート・デュオ」オープニングから。
華麗に動きまくるさまが注目を浴びたオープニングですが、その中でも印象的だった「静」の一枚がこちら。
右の永倉伊万里さんは入学式で透流に敗れ、学園から追放された女の子。その後、分校に移籍し、左の子とデュオを組む事になります。
ふたりのデュオ結成までのいきさつはアニメ劇中では深く触れられていない為、このカットは彼女たちのバックストーリーを知る為の貴重なカットとなっています。
伊万里さんは絶対に叶えなければいけない願いを抱えています。本校から追放され、諦めざるを得なかった伊万里さんにそっと手を差し伸べたのが彼女だったのでしょう。
離島で出会ったふたり。目前に果てがないかのように広がる海。今にも降ってきそうな満天の星々。
何者にも邪魔されず、お互い以外に何者もいないかのような時間。
そのつないだ手の温度は誰にも明かされず、ふたりだけが共有する。
それは永遠でもあり一瞬でもある。
非常に美しく、惹き込まれるカットです。




アイドルマスター シンデレラガールズ」の第6話の劇中から。
新田美波とアナスタシアのふたりからなるアイドルユニットラブライカ、その初ライブ直前の様子です。
6話はニュージェネレーションのほうにカメラの重点が置かれている為、彼女たちの初ライブについてはそこまで突っ込んだ描写はありません。
ふたりの描写はわずかだけれどそのぶん濃厚。
絆は永遠。しかし、永遠は一瞬。
ステージに上がったら手は離さなくてはならない。
どんなに心を通わせても、相手の体温を直に触れても、一歩を踏み出す時には手を離さなくてはならない。
となりにお互いの存在を感じつつも、自分の身体で踊り、その喉で歌わなければならない。ふたりだけど、ひとり。
一瞬後に訪れる永遠の終わりまで、彼女たちはステージから目を離さない。お互いを省みない。
幕間からわずかに漏れる光を境にして、寄り添いすぎない距離の保ち方から、彼女たちの「互いに甘えきらない」力強さをも感じられます。
興奮と不安を共有した彼女たちを、期待を帯びた光が導いている。
カメラには写らないはずの彼女たちからわき上がる熱気が目に見えるような、そんな濃密なカットです。





四月は君の嘘」最終回(第22話)。
有馬公生の演奏シーンに、宮園かをりは光をはらんで出現する。
公生に背を向け、演奏家として舞台に立ちます。
海と空の境……生と死の狭間、それは一瞬であり永遠。有馬公生に一生残り続ける、終わりとはじまりの演奏会の幕が上がる。
宮園かをりは何も語らない。
それまで饒舌だった公生の独白も止む。
演奏家同士言葉はいらず、ただ奏でる音だけが響きあう。
かをりは演奏で挑発し、公正を困らせる。そしてかつてそうだったように誘いに応じて鍵盤が弾む。
ヴァイオリニストとしての最後の舞台を、演奏家として同じ舞台上から彼女の背を見送る公生。
公生にとってのかをりの象徴する、堂々としていてどこか切なげな背中。
届きそうで届かない背中を見つめる公生の表情にも心動かされました。



言葉ではなく、後ろ姿で物語る彼女たち。
アニメの絵の力を強く感じます。