エヴァンゲリオンをただ静かに眠らせて

コロナで公開延期になっていたシリーズ最終作「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開日がきょう発表になりました。今をときめく「鬼滅の刃」の劇場版で予告が流れたそうです。

 

 

今の気持ちを率直に語るなら、僕自身年齢相応にガタが来ているが、まだ総崩れとはいかないうちにエンドマークをつけてくれそうで、まずは安心しています。何より、ご高齢の演者さんがいらっしゃって、不謹慎ではありますがいろいろヤキモキしていたのもあり、これで肩の荷が降りたかな、というのが正直なところです。

 

エヴァについてはこのブログではあまり触れてきませんでした。「序」と「破」の公開時に簡単な感想を載せたくらいでしょう。「Q」は、ちょっと感想書けるテンションじゃなかったです。

jujuru.hatenablog.com

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読んでいただければ分かる通り、新劇に関しては一貫してエンタメ、娯楽映画として楽しんでいます。シンジの内面世界がどうとか、アスカの危うい精神状態とか、もうそういうのはどうでもいいよ、前と同じじゃなくて良いじゃん、てスタンスです(アスカはたくましくなりましたよね。加地さんへの恋愛要素がオミットされたのもよかった。でもあの子、惣流じゃなくて式波さんだしなあ……)。それはやり尽くしたし、リブートするなら新たな切り口から見せて欲しい。意味ありげな専門用語を吹っかけまくる作風についてももう古いなと感じていましたが、「Q」を見て確信しました。これはすべての謎を解明する気ないな、と。まあそもそもTV版からし意味深なタームを多用して煙に巻くシリーズですからね……。シンちゃんが何を成すのか/成さないのか、それだけに焦点を絞って描かれるのではないでしょうか。それで良いとは思いますが、それにしては撒き餌が多すぎるんですよ。

 

gigazineに新劇場版プロジェクト発表時の庵野秀明総監督の所信表明が残されています。

gigazine.net

 

そこでは、「誰もが楽しめるエンターテイメント映像を目指します」と締め括られています。僕はこの言葉を素直に歓迎しました。

テレビ版最終回にせよ、旧劇にせよ、私は見たいものを見ることができなかった。これは僕個人の意見です。どちらも楽しめはしたんですが、「違う、そうじゃない」という思いは消せません。

 

劇場公開直前の僕は浮かれていました。大スクリーンで「真のエンディングが見れる」、それがどれほど嬉しいことか。春エヴァのアスカの(偽りの)復活、鳥肌の立つエンディング入りの美しさ。夏が楽しみで仕方がなかった。

 

これはほんとに反省しているのですが、春・夏エヴァとも、松竹系の小さな映画館の外側に何時間も行列を作ってしまっていました。近隣の住民の方々には大変迷惑だったことでしょう。ごめんなさい。僕は長い待ち時間、前に並んだ見知らぬ人とエヴァ談義に興じていました。カバンに忍ばせたスキゾ・パラノエヴァンゲリオンを取り出し、なにやら自分の手柄のようにエヴァの裏側を解説した記憶があります。若気の至り。劇場に入場し、再び顔を合わせることはありませんでしたが、とても聞き上手な方でした。いまはどうなさっているのかな。汗をかきかき、好きを共有する。それは楽しい待ち時間でした。

 

視聴後、僕の胸中はめちゃくちゃでした。

僕は並み居る量産機と大暴れする初号機が見たかった。僕の目には、テレビ版と旧劇は同じものにしか映りませんでした。テレビ版でシンジが補完されている最中、弍号機は外の世界で壮絶な戦いが繰り広げていました。アスカの無残な姿を目にした初号機が、量産機を相手に仇討ちを繰り広げる様が見たかった。初号機には主役たる活躍をして欲しかった。しかしそうはなりませんでした。メタ的な表現を用い、いつまでもエヴァに縛られている熱狂的なファンに再び冷や水を引っ掛けました。僕は観劇後、欲しいグッズを前もって書き記す用紙を一度は手にしたものの、それをポケットにしまって劇場を後にしました。はやく現実に帰らないと。庵野監督がそれを望んでいる。僕も、もう束縛されたくなかったのです。

 

見たいものは見れませんでしたが、反面、気分は清々しかったように思い起こされます。もうこれで、エヴァから卒業できる。が、結果としてそうはならなかった。

 

仕事がうまくいかず、精神的に荒れていました。そして二度三度映画館に足を運ぶことに。最後の方は、「この世界の片隅に」で有名になった土浦の映画館の自販機で買ったゴムみたいな歯応えの焼きそばを観覧中食しながら(マナー違反でしょうが、劇場はすっからかんでした。とはいえ、申し訳ない)弐号機がむしり食われる様を淡々と眺めていました。かなり精神状態がよろしくなかった。僕はエヴァに依存するようになりました。

家にはエヴァ関連書籍がどんどん増えていきました。コンテ集はもとより、エヴァとは程遠いカルチャー誌の表紙を飾ったものも買いました。怪しい謎本もいくつも買ったし、とんねるずのオークション番組で等身大綾波を手に入れた方の同人誌も買いました。第24話の初期コンテ(脚本だったかな?)が載ったJUNEや、チョコレートショップさん独自の解釈による、オリジナルの展開を見せる別解釈の終盤が収録された美麗な同人誌は今でも宝です。しかしそれでもモヤモヤが解消されることはなく、情熱はグッズ類にも及びました。カードダスは一通り揃えたし、懸賞や誌上通販で特別仕様のテレカをいくつも手に入れたりもしました。極め付けは、新宿で綾波とアスカのテレカが付いてくる前売り券の販売で恐ろしい人が殺到し、その異様さはニュースにもなったあの一品。僕は地元でほぞを噛んでいましたが、やがてグッズ類も扱う古本屋で3万円を投じて二枚セットを購入しました。当時出たテレカはほとんど手に入れたんじゃないかな。そんな状態は二年は続き、新しい職場に移ってしばらくした頃にはなんとか熱は抑えられるようになっていました。生活が危うくなっていることを自覚できているうちになんとか離れることができたのです。

 

それから平穏な日々が続いたある日、新劇場版のプロジェクトが発表されました。そこで、くだんの所信表明です。僕は安堵しました。もう二度と、沼に飲まれることはないだろう。見たかったものが、今度こそ見れるという期待感がありました。

「序」「破」はおおむね僕の望んだエンタメ作品のように思えました。他の人の捉え方は様々でしたが、ただひとり、この映画を見てどのような感想を持ったか、知りたい人がいました。

熱狂的なアヤナミストである滝本竜彦さんです。

 

彼は「BSアニメ夜話」のエヴァ回で異彩を放っていました。当時の言葉を借りると「電波」で、綾波愛をNHKで熱弁しました。そんな彼が21世紀を迎えて幾数年、胸を掻き毟るような心理的圧迫感を(極力)オミットした「破」をどう評価するのかとても興味を覚えました。ちょうどその頃、「超人計画1.5」というコピー誌にオシオさんという方と滝本さんのエヴァについての対談が収録されると聞きました。これは買わねばと、コミケで(多分コミケで合ってたと思う)いの一番にサークルに赴きました。僕は「こんな綾波綾波じゃない!」と激昂する滝本さんを想像していたのですが、彼はかなり「破」を好評価されていました。

綾波自身、幸せになれそうでよかった!」と仰り、物議を醸した「ポカ波」についても肯定的でした。

僕自身はというと、エンタメとして大迫力の戦闘シーン、旧作では見られなかった人々の思いやりに救われた想いがありました。もう、エンタメでいいんです。庵野総監督がそう宣言されていたわけだし。

僕も滝本さんも相応に年を取った。過酷な現場に放り投げられたチルドレン達のしんどさを自分に投影できる年齢でもなかった。ただ、彼らが理不尽から解放される世界を望んでいました。

 

ところが、「Q」では過去の、旧劇までの息苦しさが復調していました。エンタメのエヴァを見たかった自分としては「それはもうやったでしょ」という気分でした。

アクション面の振るわなさも不満でした。ビットのようなものでちくちく攻撃するエヴァはらしくない。肉と肉、暴力と暴力がぶつかり合う生々しさが薄いと感じました。テレビでも先行放送された序盤が一番キレキレでしたね。

また、劇中で14年もの空白を作ったのに、コミックや小説などのメディアミックスで空白期間を埋める展開をしなかったのも個人的に不満でした。加地の知り合いのおっさんオペレーター、部下の男性にキツく当たる伊吹マヤについて他のメディアで描いていたらそれなりに「Q」の変化にも適応できたと思うんですね。そしてそれ以上に「破」で「行きなさい、シンジくん!」と発破をかけたミサトさんレジスタンス組織の偉い人になっているのもまた違和感を覚えました。正直言って、ネルフの実質ナンバースリーであり現場責任者であったミサトさんレジスタンスを率いて多くの人の上に立つなんて、ちょっと理屈合いませんよ。大災害に加担した彼女は地獄のような目に遭ったはずで、そこから這い上がる物語をどこかでやって欲しかったですね。

 

でも、そういう謎や矛盾の数々が残り映画一本で全て収束されるとはとても思えず、僕がシン・エヴァに望むのは「シンちゃんと初号機の大暴れ」でしかないわけです。旧劇で果たせなかったそれを見るためだけに、僕はいつものように初日に鑑賞しに行きます。

しかしそれとは裏腹に、僕には当時の熱気がない。どんなに面白かろうが、駄々滑りしようが、ただしめやかにエヴァを送るだけでしょう。一時期僕を狂わせた愛おしくも憎々しい作品の最期を看取る気持ちです。いまはとても心が落ち着いています。僕の長いエヴァとの物語にエンドマークが付く日まで、ただ粛々と日々を過ごしたいと思います。